期間限定のシンデレラ

なにもかも忘れたくない

時計台のある街に

 

 

わたしは大学一年生の7月からずっと同じアルバイト先で働いている。ふと同僚とすでにやめてしまった人の話をしていた時とある人の名前が出てきた。そのひとは入ってすぐの頃よくシフトが被っていて、わたしはその人のことを好いていた。恋愛的な意味ではなく人として尊敬していた。すごく物腰が柔らかく丁寧な人でどんなミスをしてもフォローをしてくれる人だった。その人の背中を見ていたから自分も新しく人が入ってきた時は同じように接しようと心がけていた。

 

しかし、肝心のその人の下の名前が思い出せないのだ。たしかにその人は苗字で呼ばれていたし、苗字もすごくすごくありふれている個性のないものだった。わたしがその人に出会ってから半年で辞めてしまったし、週2回会えばよく会うなーという感じだったから関係が深いわけでもない。古風な感じか今どきの感じなのか何文字ぐらいの名前なのかなんにも思い出せない。たった一年半会わなかっただけで名前を忘れてしまったのだ。

 


これと同じようにまたアイドルをやめた彼のことを忘れてしまうのではないかと怖くなった。関わった期間も気持ちの深さもたぶんきっと件のバイト先の人よりも彼のほうがずっと長くて重い。一概に一括りにはできないかもしれないけれど、事実話したことを鮮明に覚えているかと言われればそんなことはないし、昔に話したことはほとんど思い出せない。

 


それにわたしだけでなく他の人までも忘れてしまうことが怖い。メンバーの入れ替わりがほとんどないグループでは過去にいた人間にフューチャーされることはあまりない。名前は伏せるが、彼の所属するグループの後輩グループはメンバーがひとり卒業してから急激に動員数が増えた。これは卒業したから伸びたという訳ではなくたまたまタイミングが彼の卒業後だったというだけ。でも、爆発的に伸びる過程で新しくファンになった人はやめてしまった彼のことを知らないんだろう。へーそんな人もいたんだぐらいの軽い気持ちしかないかもしれない。もし、自分の推しも新しくファンになった人たちからしたら過去の人間になってしまうのかなと思うと悲しいし寂しいし悔しくてたまらない。

 


それと同時にすっと忘れてしまったほうが彼自身の為になるのではないかとも思う。彼はやめたあと何をするのかなんにも教えてくれない。やめたあとのプライバシーがあるからそれ自体当然かなと思うから怒っているとか悲しんでいるとかはない。でも忘れたほうが彼のためになるとは思う。表に出る仕事をしていたことが彼の未来を阻んでしまうぐらいならみんなで機械のスイッチを切るみたいに一斉に忘れてあげられたら彼に気づいたり街中で間違って出会ったりしてしまっても迷惑をかけずに済むかもしれない。次につくお仕事もスムーズに決まるかもしれない。

 

 

自分の中で忘れたくない気持ちと忘れてあげたい気持ちがせめぎ合っている。わたしは機械じゃないから全てのことを覚えていられないし、わたしは機械じゃないから記憶のデータを全て削除することはできない。

 

やめたあともたまに思い出してただただ心のなかで思いを馳せることぐらい許してくれませんか?